「一生一緒にキオクシア」と「フジクラショック」
AI相場が生んだ言葉たち
AIブームが本格化してから、この一年ほどで株式市場には数え切れないほどの言葉が生まれました。株価だけではありません。
投資家の期待、不安、熱狂、落胆。
それらが一つの言葉となり、市場を象徴する「語録」として残っていきます。
特に印象に残る言葉は、
「一生一緒にキオクシア」
そして、
「フジクラショック」
という二つの言葉です。
どちらも正式な経済用語ではありません。 しかし、その時代の空気を見事に表現した言葉だと思っています。
AIブームの始まり
ChatGPTをはじめAIの登場から、世界は一気にAI一色になりました。
生成AIが話題になり、半導体企業が買われ、データセンターが建設され、
HBM(High Bandwidth Memory:広帯域メモリー)が不足し、
NANDフラッシュメモリーの需要も改善していきました。
私が以前から注目していた
- キオクシア
- 東京エレクトロン
- SCREEN
- レーザーテック
なども、この流れの中心にいました。
AIそのものより、AIを支える企業が利益を上げ始めたのです。
その頃、SNSでは
「一生一緒にキオクシア」
という言葉まで生まれました。
もちろん、本当に一生持ち続けるという意味ではありません。
それほどまでに「AI需要は止まらない」という期待が市場を包んでいたのです。
株価が上昇すると、人は未来まで一直線に考えてしまいます。
この言葉には、投資家の熱狂がそのまま表れていました。
一方で、市場はいつも期待通りに進むわけではありません。
決算。受注。設備投資。市場の期待値。
少しでもズレが生じると、株価は驚くほど大きく動きます。
その象徴として語られるようになったのが、
「フジクラショック」
でした。
期待が大きかったからこそ、失望も大きくなります。
相場とは、企業の業績だけではなく、 市場が描いていた未来との差で動く世界なのだと改めて感じました。
そして、市場に冷や水を浴びせるニュースが続きました。
Appleがパソコンの値上げを発表。
さらにMetaがAI関連インフラの資源貸し出しについて市場の期待を冷ますような材料となり、AI相場全体に慎重な空気が広がりました。
株価は大きく反応しました。
しかし、ここで考えたいことがあります。
AIが終わったのでしょうか。
私はそうは思いません。
むしろ、市場は熱狂から少し現実へ戻っただけなのではないでしょうか。
AI相場は終わったのか
思い返せば、
- インターネット
- スマートフォン
- クラウド
どれも何度も
「終わった」
と言われてきました。
しかし技術は終わりませんでした。
期待だけが先に走り、その後に現実が追いついてきたのです。
AIも同じような道を歩くのかもしれません。
だから私は今日の下落だけを見て、
「AIは終わった」
と結論付けることはしません。
相場は言葉を生み出す
私は昔から、株価だけではなく、 相場が生んだ言葉にも興味があります。
「フジクラショック」
どちらも教科書には載りません。
しかし、その時代を経験した投資家なら、 言葉を見ただけで当時の空気を思い出します。
これもまた、「言葉が記憶になる瞬間」なのだと思います。
最後に
AIは、これからも新しい技術を生み出していくでしょう。
そして市場も、また新しい言葉を生み出していくはずです。
熱狂を表す言葉。
恐怖を表す言葉。
希望を表す言葉。
その一つひとつが、未来の投資家にとって、
「あの時代はこうだった」
と思い出すための記憶になるのではないでしょうか。
相場は数字で動く。
けれど、人の記憶に残るのは数字ではなく、
その時代に生まれた「言葉」なのかもしれません。




